自戦記 2024年2月3日

 自戦記なるものを書いてみようと思う。

 先日とある将棋サロンで対局する機会があった。相手は大学将棋経験者で、将棋ウォーズの段位は同じくらいらしかったが、話した印象では自分よりもちょっと強い感じがした。急所の局面でありえないくらい手をくねらせて指してくるのが印象的である。あれはちょっと小学生っぽいというか、慣れていないと恥ずかしくなって集中が途切れる。その手が必ずしもいい手ではないこともよくよく意識してビビらず指し進める必要がある。

 相手の向かい飛車に対してミレニアムに組みにいった。32金、43銀型の向かい飛車には苦手意識があり、いやだった。感想戦でそう伝えたら、「そういう人を頼りに指してるんですよ」と言われた。本当に強い人は急戦調から手厚く盛り上がる方針で指してくることが多く、それが一番困るらしい。だから本当に強い相手とやるときはこの作戦は採用しないとのことだった。 

 相手は形が整ったので飛車先から仕掛けてくる(以下、図面の都合上、自分を先手に見立てて譜号を記す)。

こちらは後手番で端歩も受けているので若干手が遅れている気がしていた。△24角でも△24飛車でも25歩は絶対に受けるものという認識だったがそうでもないらしく、角で来たら▲46歩も有力らしい。同角は▲22飛成、△同金で形が乱れるから取れない。対局中も考えたが、いつもと違うことをするとおかしくなりそうなので黙って歩を打ってしまった。ソフトで調べていておもしろかったのは飛車で来た場合で(実際飛車で取ってくる人も多い印象)、これを同飛車と取る手が成立するようだ。以下、△同角 に▲95歩と端を攻めて、△同歩、▲93歩、△同香、▲85桂、△94香、▲93飛(!)と進める。

△同香は▲同角成で端を突破、△64飛のような受けが最善らしいが、▲95香、△同香、▲同飛成と竜を作れる。これでいい勝負らしい。32金、43銀型は飛車の打ち込みにだけは強い陣形を作って飛車交換を迫る戦法のはずなのに、飛車交換に応じられて互角なのでは話がおかしく笑える。ちなみに相手は「一歩持たれたら端が……」と繰り返し呟いていたので、こういう変化も知っていたのだと思う。

 長考の末、△45桂と跳ねて仕掛けてきた。

取ると、△28歩、▲59飛、△25飛と進んで飛車先の突破が約束される。24歩と突いてあれば飛車は走られないのに、というのが、上記の「手が遅れている気がする」の具体的な内容だった。▲46角と受けた場合は、△同角、▲同歩、△37桂成、▲同銀、△38角、▲28飛、△56角成、と進み、△66桂が見えているので▲89玉と逃げるつもりだった。この2つを比較して後者を選んだそれが間違いで、前者で互角の進行だったらしい。そっちを選ぶと相手の飛車先が重いとはいえこちらはすることがなく、何もできずに終わるような気がしたのだが、△25飛の後、▲66角と出て飛車先を軽くしていけば居飛車の感触がよいのでは、と言われ、正直言われてもあまりピンと来なかったが、そう言われればそんな気もし、この辺は全体的に相手の感覚の繊細さに比して自分は鈍感だった。 

 ちなみに仕掛けのところでは、相手は25桂との比較だったとのこと。自分は55歩を読んでいてそうされてもどう返すのかわかっていなかったが、相手はあまり考えなかったらしかった。

 馬を作られてしまい銀もそっぽでここからは基本的に居飛車が厳しい。この後の進行も大体読み筋通りだったが、読み筋通りに飛車先を成り込まれていて間抜けすぎる。香を取られたあたりは完封負け目前で投げようかと思った。

 逆転が将棋の醍醐味、みたいなのは終盤派の人が言いがちなことで、自分は終盤力が低いので逆転勝ちも少ない。将棋は序盤が理解の世界、終盤はドリルの世界だ。序盤はどんなに棋力が低くても勉強しさえすればプロと同じ手が指せる。終盤は必ず未知の局面なので、その場の計算力しか頼れるものがない。傾向として、幼い頃からやっている人の方がドリル力、瞬発力が高いというのもよく思う。

 ともかく逆転勝ちに縁の薄い自分だが、それでも最近逆転の目指し方が少しずつわかってきた感じもあり、玉を相手の攻め駒から離して距離感を分かりにくくする、リセットするのが大切だ。その方針に沿って虚しい気持ちになりながらとりあえず銀と飛車を逃す。

 銀を左側に転換したのでそろそろ攻めようということで桂を跳ね、相手は△51香と受けてきた。先ほど書いたことと矛盾するようだが、短めの時間の将棋は、ちょっと悪いくらいの方が勝ちやすいと思うことがある。形勢がよくなるとよさを維持しようという気持ちが発生し、手が出なくなって時間が不足したり、安全志向の手がかえって局面を危なくしたりする。△51香はそういう雰囲気のある手で、▲53桂から▲51成桂まで進んだところは少なくとも完封負けはなくなっているし、その後の△42金も▲31角に△32金と往復運動するようでは、さすがにちょっとよりが戻ったと思った。相手にも、「ありゃ……」みたいな雰囲気があった。

 しかしその直後の▲86角成は、△74桂という分かりやすい手を相手に作っているので75に成っておいた方がよかった。この頃にはもう自分は1手30秒になっていて、慌てて指したのがよくなかった。△29飛成と成ってくる手で相手に本局一番のしなりが出て、思わず投げようかと思ったが、思い直してこちらの本局一番の駒音で金を79に寄った。

 以下、ふんどしの桂を打たれ、と金を寄られ、馬を見捨て、飛車を逃げ、とやりとりして、飛車に紐がついている図の局面で端に手をつけた。71を金が塞いでいるのもあり、好転するとすれば端しかないと思った。相手はここで猛攻する展開もあったようで、端歩を取ってくれるならその交換はこちらが得をした。

 △54角に▲同成桂と取り返さず▲86桂と据えたのは、単純に角を取っていたのでは間に合わないと思ったのもあるし、ここら辺で意外な手を指したが方がいいのかなと思ったのもあった。ただ評価値的に言えば、ここが終盤でもっとも形勢が接近しているところで、おとなしく角を取り返した方が難しかった。最後まで進んでみると、攻め駒が足りなくなっているということだと思う。相手が△65角とただ角を逃すだけの手を指してきて、これはさすがに緩手なんじゃないのと思っていたが、後で調べてみるとこれが最善だったらしく、感心したが、そうなるとやはり、角が手に入らないと相手玉が寄らない将棋だった。

 継ぎ桂から▲93歩で相手の逃げ道を塞ぎ、しかし次がない、と思ったところでぎりぎり思いついて▲62銀と逆から攻めたが、ちょっと遠くてこれでは足りない気がした。ところが相手が全部素直に取ってきて、こうだけはならないだろうと思っていた▲71銀の詰めろが打て、これはいよいよ逆転したんじゃないの? と思った。ちなみに感想戦では▲62銀に対して△81金と逃げる手を指摘され、確かにそう指されたら困っていた。

 しかし△81銀と引いた手がまったく気づいていなかったいかにもおしゃれな受けの手で、▲62銀成が2手スキなので、やっぱり自信がなくなった。

この辺で駒を持ち損ねチェスクロックを左手で押してしまったが、たぶんマナー的によくないやつでよくなかった。攻守交代で相手が迫ってきて、 △88桂成に対しては同金寄が普通かなと思ったが、同玉の方が相手が読んでいなさそうだったのでそうした。同玉がなさそうなのは本譜でも出るように△76桂が王手で打てるからだが、桂頭の▲77玉で分かりにくいような気はした。

 つねにぎりぎりだめなような感覚はあるが、序盤の酷さから考えるとかなり持ち直して一手違いの将棋になっており、しかも瞬間的にはもしかしたら勝ちなのでは? と思ったりもしているので、気分はかなり高揚している。強い相手との対局では、相手は分かっていることを自分は気づいていないんじゃないかとつねに思わされるハンデがあるが、対面対局ではさらに相手や周囲の目が加わり、自分だけがダメなことに気づいていなかったら恥ずかしい、という気持ちが生じる。けれどこう思うと一気に力が抜けて手が読めなくなってしまうから、逆転を目指す場合はまだ難しいと本気で思い続ける必要がある。それが相手にも伝わって、情勢を錯覚させることもある。

 余談ながら、これで思い出すのは数年前の朝日杯決勝の渡辺明-藤井聡太戦だ。藤井玉に短手数の詰みがあったが、渡辺がそれを見落として大逆転負けになった。手数が短いとはいえ30秒で発見するには難しい詰みだったと話題になったが、とはいえ彼ほどの棋士がそうそう詰みを見逃すとは思えない。藤井は詰みに気づいていたらしいが、にもかかわらず尋常でない「まだ難しいオーラ」を出していたのだと想像する。将棋は最後まで諦めてはいけないというのには多分こういう面があって、それは単に気持ちの問題なのではなく、相手に向かってまだ難しいと信じ込んでいる雰囲気を発すれば相手もつられて信じてしまうということだと思う。信じている演技をするために、色々なことに目を瞑って本気で信じる必要がある。

 甚だレベルの違う話ではあるが現象としては本譜も似たようなことになった。▲77玉と上がった局面はこちらの玉に詰みがあり、その後も何度か相手は詰みを見落としている。△55馬に▲66香でも本譜の歩でも、△85桂から△75銀~△64馬や△94飛~△97銀(感想戦で出た筋)で分かりやすく詰んでいる。もっとも私は藤井くんと違って詰みを発見できておらずその意味で文字通り不詰みを信じていたわけだが。

 △26龍で王手が途切れたので、ここで▲72成銀と詰めろをかけた。相手が本局2番目のしなりで△66馬と指してきたので、ああ、詰みなんだ……と思ったが、詰み形が見えなかったのでとりあえず手を進めた。こういうときに、早く投了しろと思われてんのかな、と考えてしまうわけである。が、▲89玉まで逃げて、やっぱりあと1枚足りない。いや実際にはここも△88桂成から精算して詰んでいることが対局後に判明するのだが、対局中はこっちもアレレ? となっているし、相手もウソォ……みたいな雰囲気になっているのでコンセンサスは取れていて、△94銀と桂を外してきた。ここで手が戻るなら、とまた気持ちが上向き、▲73歩成で詰めろを継続したが、ここで△85桂がいかにもキレイな攻防手。銀を外されたところも何かないの!? と思ったけど、結論としては何もなかった。

 10手程前からのこちらの玉の詰み筋は後知恵にすぎず、お互いに詰みが見えていないなかで、相手の人は、「▲66香と馬を外す手になるならまだ勝ちだと思った」と言っており、さらに△85桂さえあれば最後は勝てると判断していたみたいだったので、やっぱりちょっと格上というか強い人であった。

 それにしても、20代前半の学生らしき人物との対局は緊張したが、感想戦がちゃんとできるところがいい。やっぱり強い人とみっちり感想戦をするのは有力な上達法だと思う。道場のおっちゃんと対局するのは気楽でいいが、負けるとすぐどこかへ行ってしまうし、勝ってもどこかへ行ってしまうので、まともな感想戦ができずに終わることが多い。

追記:この後しばらく将棋の調子がよかった。しかし効力は3、4日程度しか続かず、その後はむしろ自分でもびっくりするくらい勝てなくなった。

この投稿へのコメント

コメントはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


この投稿へのトラックバック

トラックバックはありません。

トラックバック URL